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今を宿した、古き良き電子音「ELZ_1」

SONICWARE「ELZ_1」は、11種類のシンセ・エンジンを搭載した、“ポータブルな音の実験室(ラボ)”です。

いわゆる“ガジェット・シンセ”と乱暴にひとくくりにされそうなルックスですが、実物に触れるとわかるズッシリとした重厚なアルミの質感からは「オモチャじゃないぞ!」という強い念が伝わってきます。その凄みが念だけではないことを、じっくり見てまいりましょう。

デジタルの可能性を今一度味わい尽くす

00年代の、アナログ・モデリング・シンセの台頭(CLAVIA「Nord Lead」、ACCESS「Virus」、Waldorf「Q」、Novation「SuperNova」、YAMAHA「AN1x」、Roland「JP-8000」、KORG「MS2000」)から生じた強いアナログへの回帰は、歴史がいつも教えてくれるように、10年代において、デジタルへの揺り戻しに発展しました。

Future BassやVaporwaveなどに代表される新しいカルチャーから発せられた「デジタル・シンセってもっと遊べるんだよ、みんな忘れてない?」という音楽プロデューサーたちのメッセージは、瞬く間にシンセ・メーカー側にも浸透し、“デジタル・シンセの可能性を今一度味わい尽くすためのサンド・ボックス”的なシンセがニョキニョキと登場することになります。

そういった新世代のデジタル・シンセのひとつが、この「ELZ_1」であります。

注目すべき、4つのシンセ・エンジン

▲本体左上の[OSCILLATOR]キーを押すと、現在選択されているオシレーターについての情報が、中央の液晶ディスプレイに表示されます。オシレーターを「波形メモリ音源」にした場合、このように1ループ分の波形が大きく表示されるので、グラフィカルに音を認識することができて便利です。

「ELZ_1」は、デジタル・シンセの可能性を味わい尽くすのにもってこいの11種類のシンセ・エンジンを搭載しており、生楽器系以外の幅広い音色を創造することができます。

「ELZ_1」に搭載されているシンセ・エンジン

  • FM SYNTH
  • 8BIT WAVE MEMORY SYNTH
  • 8BIT WAVE MEMORY SYNTH(MORPH)
  • 8BIT WAVE MEMORY SYNTH(FM MODE)
  • DNA EXPLORER
  • SiGRINDER
  • LOW-BIT OSC
  • STANDARD OSC
  • CUSTOM OSC
  • MASKED NOISE
  • SAND FLUTE

中でも私が特に注目したいのは、4オペレータのFM音源(FM SYNTH)と波形メモリ音源(8BIT WAVE MEMORY SYNTH/8BIT WAVE MEMORY SYNTH{FM MODE})と2~8ビット可変のオシレーター(LOW-BIT OSC)の、3タイプ4つのシンセ・エンジンです。

FM SYNTHは、SEGA「メガドライブ(GENESIS)」の音源に、8BIT WAVE MEMORY SYNTHは、KONAMIのアーケード・ゲーム基盤やファミコン・カートリッジに搭載されていた音源に、8BIT WAVE MEMORY SYNTH(FM MODE)は、NEC-HE「PCエンジン」の音源に、LOW-BIT OSCは、NINTENDO「ファミリーコンピュータ」の音源に、それぞれ近い特性を持っているため、レトロなビデオ・ゲーム・ミュージック(大雑把に括るとチップチューン)っぽいサウンドを「ELZ_1」1台で網羅できてしまうのです。

アナログ・シンセの“温もり”とも、PCMシンセの“リアルさ”とも違う、例えるならばブラウン管の滲みのような、ノスタルジックな味わいを持つ「ELZ_1」の“ピコピコ・サウンド”たちは、私が以前、KONAMIのサウンド・スタッフだったということを差し引いても十分に、目頭を熱くさせてくれるパワーを帯びておりました。

そういう文脈で考えると「ELZ_1」は、ビデオ・ゲーム立国日本の土壌が生み出した“純正チップチューン・シンセ”ということが言えるかもしれませんね。

でも、チップチューン専用機ってわけではない

散々チップチューンの話をしておいてナンですが、「ELZ_1」がチップチューンに最適、というのはひとつの見方でしかなく、その全貌を理解することには繋がりません。本項では、「ELZ_1」が宿している“今”の息吹を探ってまいります。

「ELZ_1」の内部処理は、32ビット浮動小数点の形式で行なわれています。32ビット浮動小数点の形式で処理されるサウンドは、ダイナミック・レンジこそ24ビットの形式と同じですが、音量の増減に起因する音質劣化に対して高い耐性を有しており、結果的に、出音の質が大いに高まります。つまり、スペック的にしっかりと、ハイレゾ時代のシンセとしてあるべき姿を体現しているわけです。

▲鍵盤を押さえるだけで分散和音を奏でてくれるシンセサイザーならではの機能「アルペジエイター」は、Up/Down/UpDown/DownUp/Up&Down/Down&Up/Random/Play Orderの8種類が用意されています。この辺の充実っぷりも、イマドキですね。

また、11種類のシンセ・エンジンだけでなく、4種類のエンベロープ、9種類のフィルター、18種類のエフェクターといった、音作りに奥行きを生む機能がてんこ盛りに搭載されている点も見逃せません。懐かしい佇まいのピコピコ音が、コーラスやディレイを通すことで、現代的なみずみずしいサウンドに一変するさまは、やみつきになるくらい爽快!

61鍵シンセにコーラスひとつを搭載するだけでヒーヒー言っていた過去を考えると、技術者の方々の努力&デジタル技術の進歩に、ただただ平伏するばかりであります。

エディットが楽しくなる遊びゴコロ満載

▲こちらは「DNA EXPLORER」と名付けられた、オーディオ・データ(本体で録音したり、インポートしたりして用意する)の特徴を抽出し、シンセ・サウンドに変えてしまうオシレーターです。ツマミを操作すると、ショベルがツツーッと動きます。

さまざまなメディアで、「クラスター」「オーバーシュート」「ロックダウン」などの専門用語が飛び交い、その濫用が批判される昨今ですが、はじめてシンセサイザーに触れた人に対して、唐突に“オシレーターの波形タイプをLFOでモジュレーション”という説明をするのも大概でしょう。

その点、「ELZ_1」の液晶ディスプレイには、小難しい英略語と数値の羅列が表示される代わりに、遊びゴコロが詰め込まれた可愛いグラフィックたちがたくさん登場するので、幼い子供でさえもシンセサイザーの楽しさを思う存分体験することができます。

▲本体左上の[FILTER]キーを押すと登場する、ローパス・フィルターくん(?)です。
▲フィルターをOFFにすると、寝てしまいます。おやすみなさい!

有名な話ですが、人間は「やりはじめると、やる気が出てくる」ようにできているそうです。ですから、「ELZ_1」のように、入り口のストレスが無に近いプロダクト・デザインこそが、電子音楽の裾野を拡げるための大きな手助けになるのでは、と思うのです(逆に、“直感的な操作感”という謎の免罪符で、できることを制限しまくっている、つまらないシンセが多過ぎる気がします……)。

いつでもどこでもは、やっぱり正義

KORG「volca nubass」の記事でも触れましたが、電池駆動&スピーカー内蔵のシンセは、私にとって完全な正義です。牛丼・つゆだく・生卵、みたいなもので、それぞれの要素を別れ別れにしないであげて欲しい! と切に願っております。

……話を戻しますと、「ELZ_1」は、電池駆動&スピーカー内蔵のシンセです(ハイ、完全正義!)。特にスピーカーは、モノラルながらも「ELZ_1」を構成する数多のパーツの中でもっとも高価、と言わしめるほど高品位なものを厳選採用しているとのことで、実際に、レンジの広いスッキリした音を響かせてくれます。

さらに喜ばしいことに、最大64ステップのシーケンスを128パターン保存できる、視認性の高いステップ・シーケンサーも追加された(SYSTEM Ver.2ファームウェア以降)ので、よくある“1小節のパターン作成”から一歩踏み込んだ“作曲に肉薄するクリエイティブな打ち込み”までをこなせてしまいます。

まさに、いつでもどこでもデジタル・シンセの可能性を今一度味わい尽くせてしまう逸品、なのであります。

「LIVEN 8bit warps」も最高!

▲「ELZ_1」のものとはちょっと違う4種類のシンセ・エンジン、最大64ステップのシーケンサー、4トラック仕様のオーディオ・ルーパーなどを搭載した、マシン・ライブ向けシンセサイザー「LIVEN 8bit warps」。

「ELZ_1」には、マシン・ライブ向けにチューニングされた兄弟機「LIVEN 8bit warps」が存在します。似ているようでまるで違うサウンド、そして、優しさの詰まった独特の手触り感に、たいへん感銘を受けました。

8bitサウンドの魂を解き放つ「LIVEN 8bit warps」「ELZ_1」を開発したSONICWAREから、ついに「LIVEN 8bit warps」がリリースされました! 2020年1月2...

気になった方は、ぜひ、SONICWARE公式サイトをチェックしてみてください!

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