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マシン・ライブの司令塔、「KeyStep Pro Black Edition」

近年のハードウェア熱の高まりを受けて開発された製品群がこなれはじめ、機が熟した感があるので、鍵盤付きハードウェア・シーケンサーの雄、「KeyStep Pro Black Edition」を購入してみました。

DAWの便利さに慣れきってしまうと、ハードウェアのシーケンサーに内在する“不自由さを愛でる侘び寂び”に憧れを抱いてしまうものですが、すでにパンドラの箱を開けてしまった私たちですから、本当の不自由さはまっぴら御免、なんですよね。そんなワガママに、「KeyStep Pro Black Edition」のシーケンサーはどう応えてくれるでしょうか。実体験から得られた知見を軸に、本製品の魅力に迫ってみたいと思います!

「KeyStep Pro Black Edition」とは

Arturia「KeyStep Pro Black Edition」は、4基のポリフォニック・シーケンサーを内蔵したMIDIキーボード&コントローラーです。先行してリリースされている白色バージョンとは単なる色違いで、機能的な差異はありません。

長辺60cmに満たない小さめボディながら、ベロシティ/アフター・タッチ対応のミニ鍵盤、5つのツマミ(クリック感のあるLEDリング付きロータリー・エンコーダー)、タッチ・ストリップ(ピッチ・ベンド/モジュレーション・ホイール)、そして、16個のステップ・ボタンという充実の入力機能を有し、DAWやソフト・シンセを操るためのマスター・キーボードとして高いポテンシャルを誇っています。

また、上記の入力機能にプラスして、最大64ステップ×16パターン=1,024ステップを記録可能なポリフォニック・シーケンサーを4基、CV/Mod/Gate OUTを4系統、DRUM GATESを8系統、MIDI Inを1系統、MIDI Outを2系統装備しているため、マシン・ライブの司令塔としての活躍も期待できます。

ファミコン+ゲームボーイ×2でマシン・ライブ

本記事では、「KeyStep Pro Black Edition」を使った作例として、昔から夢見ていた“ゲーム機3台によるアンサンブル”に挑戦してみました。題材は、『FINAL FANTASY III』より『悠久の風』です。


「KeyStep Pro Black Edition」以外に動員した機材たちは、Analogue「Nt mini Noir」(ファミコン互換機。音源代わり)、「ふぁみみみっでぃ」(ファミコン用サウンド・ドライバ兼MIDIインターフェイス)、Nintendo「DMG-001」&「AGS-001」(いわゆる「初代ゲームボーイ」と「ゲームボーイアドバンスSP」。音源代わり)、「mGB」(ゲームボーイ用サウンド・ドライバ)、Catskull Electronics「Arduinoboy Pro」(ゲームボーイ用MIDIインターフェイス)、strymon「TIMELINE」(ディレイ)、strymon「Zuma R300」(パワー・サプライ)、iConnectivity「mioXM」(MIDIパッチ・ベイ)。

「KeyStep Pro Black Edition」のシーケンサーによるシーケンス・フレーズ(音源:「AGS-001」)とベース(音源:「DMG-001」)の演奏を下敷きに、メロディを手弾きしております。

YouTubeにアップしたバージョンは、採譜ミスがあったり、手弾きパートのリズムがヨレていたり、アレンジが煮詰まっていなかったりで、どうにも気になって仕方がなかったため、後日、作り直しました!

◆悠久の風

ファミコン+ゲームボーイ×2のパートのみ、「KeyStep Pro Black Edition」のシーケンサーで奏でたサウンドとなっております(ほかは、すべてDAW上で制作)。

互いを補完し合う3種のレコード・モード

「KeyStep Pro Black Edition」のシーケンサーには、3つのレコード・モードがありまして……

1つ目のリアルタイム・レコード・モードは、メトロノームを聴きながら演奏した情報(ノート/タイミング/ベロシティ)がそのまま記録される入力方法です。情緒豊かなフレーズやメインとなるメロディを作るのに適しています。作例では、主にメロディのパートに使用しました。

2つ目のステップ・レコード・モードは、打鍵時に(正確には、離鍵時ですが)1ステップぶんのノートが記録され、自動で次のステップの記録待機状態になる入力方法です。鍵盤のみの操作で、トントントンとテンポ良くノートを置いていけます。完成された楽譜を手早く打ち込むのに最良の方法だと思います。作例では、主にシーケンス・フレーズのパートに使用しました。

3つ目のクイック・レコード・モードは、任意のステップ・ボタンを押下しながら打鍵することでノートを記録していく入力方法です。休符の多いシーケンス・フレーズや、複雑でタイトなリズムのバッキングを作るのに適しています。作例では、主にベースのパートに使用しました。

普段、リアルタイム入力オンリーでDAWに打ち込んでいる私でございますが、「KeyStep Pro Black Edition」内の機能だけで楽曲制作を完結しようとすると、視認性や使い勝手などさまざまな要因から、この3種のレコード・モードをパチパチと切り替えて作業する場面に多々遭遇しました。まるで互いを補い合っているかのような絶妙なバランスの設計に、凝り固まった思考をやわらかくほぐしてもらった気がします。

さて、多彩なレコード・モードを駆使して打ち込んだステップ群は、ひと塊の[パターン]として各トラックに最大16種類記録できます。その[パターン]を、どういった順番で演奏するか指定することで、ひと続きの[チェイン]を作成できます。[パターン]と[チェイン]は、[シーン]と呼ばれる上位概念に格納され、その[シーン]はさらに上位の[プロジェクト]に16種類記録することができます。[プロジェクト]が楽曲だとすれば、[シーン]はセクション、[チェイン]は進行の順序、[パターン]は数小節ぶんの楽譜、という感じですね。なお、「KeyStep Pro Black Edition」全体では、[プロジェクト]を16種類記録しておくことができます。

ここが残念……

優秀で万能な「KeyStep Pro Black Edition」ですが、使ってみたからこそ気づけた“残念ポイント”にも触れておきましょう。

「KeyStep Pro Black Edition」が装備している2系統のMIDI OUTは、どちらからも等しく、4基のポリフォニック・シーケンサー(=4つのトラック)の内容がすべて吐き出される仕様となっています。言い換えると、「MIDI Out 1にはトラック1のデータだけを、MIDI Out 2にはトラック3のデータだけを出力する」というような小粋な融通が利きません(ちなみに、トラックごとにアサインするMIDIチャンネルを変更することは可能です)。

これはつまり、「KeyStep Pro Black Edition」のMIDI Outにつないだ音源がマルチ・ティンバーだった場合、否応なしに4トラックぶんのサウンドが再生されてしまう、ということを意味しています。GMレベルの体裁が整っている音源であれば、不必要なMIDIチャンネルをミュートする、という対策がとれる(この際、無駄なデータ受信で生じるモタりは甘受する)かもしれませんが、今回使用したゲームボーイ用サウンド・ドライバの「mGB」はチャンネル個別の音量制御ができなかったため、iConnectivity「mioXM」を間に噛ませてMIDIチャンネル・フィルタリング機能を使い、各ゲーム機に必要なMIDIチャンネルのデータのみを振り分ける、という工夫をしました。

一括編集機能に格差あり

上記に加えて、各ステップに記録されたピッチ以外のパラメータの一括(複数選択)編集ができないのも、少々困りモノでした。ある程度特殊なパラメータがそうなっているならば、「そもそも不自由さを愛でたくて選んだ道ですからね、ハハハ……」と諦められるのですが、ベロシティやゲート・タイムさえも1ステップ単位でチクチクと編集せねばならず、さすがに不毛な作業だなぁ、と感じてしまいます。打ち込みサウンドに音楽的なノリを与えるには、音源側のエディットだけではどうしても限界があり、シーケンサー側のベロシティ/ゲート・タイムを細かく制御する必要があるので、この点はぜひ改善を期待したいところです。

一方、ピッチの一括編集は非常に高性能でして、クロマチックのトランスポーズ、オクターブのトランスポーズはもちろんのこと、スケールに基づく半音単位の“インテリジェント・トランスポーズ”にも対応しています。

異存なしの100点満点

いくつかの不満点を挙げたものの、練り込まれた機能とガッシリした作りは、確実にお値段以上。“買って良かった感”は、異存なしの100点満点でございます。マシン・ライブに限らず、パターン・ベースの楽曲制作にもドシドシ投入していこう、と思っています!

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