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現行シンセサイザーの頂点「Moog One」

中途半端に心根を隠して淡々とご紹介するのもなんだか薄気味悪いですし、かと言って、「これくらいは大人の嗜み。たいしたことではござぁせん」なんて痩せ我慢も妙チクリンですからね。う~ん、どれくらいのテンションで書き進めて行こうか、ずっと悩んでいたのですが…… ここはバカみたいに素直に喜ぼう、と思います。イェーイ! いつかは買いたいと思っていた、究極のシンセサイザーを手に入れたぜーッ!!

ファースト・インプレッション

買っちゃいました、Moog「Moog One」。

そもそもは、1年ほど前に同社のセミモジュラー・シンセサイザー「Mother-32」を買って、そのオシレーターの暴力的なまでの破壊力と柔軟性にノック・アウトされたのがキッカケでして。たいていのシンセなら10分程度触れば操作法を心得て、出したい音をパパッと出せるつもりでいた私ですが、「Mother-32」は、たいしてパラメータ数が多いわけでもないのに、「何やってんだ、下手クソ!」「そっちじゃないよ、こっちだよ!」と楽器に怒られているような感覚になるほど苦労させられ、逆に感動を覚えてしまったのです(「TD-3-MO」の記事でも、その感覚について少々触れております)。

出自も音も一癖二癖、「TD-3-MO」のお出ましだ!いやぁ…… 感慨深い!! そうなんです、Behringerの“Mid-O”クローンこと「RD-8」「RD-9」「TD-3」「TD-3-M...

たった1基のオシレーターでこんなにブッ飛んでいるのなら、2基だったらどうなっちゃうの? いや、3基なら! いやいや、ポリフォニックなら! と、頭の中を妄想でいっぱいにしながら平和に暮らしていた私でしたが、3月のある日、“Moog製品、価格改定のお知らせ”という寝耳に水なプレッシャーが背後からドロップ・キック! この一撃が背中を押す格好となり、値上げの前に「Moog One」を購入しよう、と腹をくくることができました。買おうか買うまいかについてはさんざん悩んだクセに、買うと決めたら一切悩まず16ボイス版を選択しましたぞ。

さぁ、開梱一番、“うれション”をも辞さない覚悟でいきなりの両手弾きを繰り出してみましたが、意外にサラッとしたそつないサウンドが鳴り響きます。オヤッ!? と、いくつかのプリセットを見回しても、「Mother-32」から発せられていた狂気のオーラはさほど感じられません。やはりポリフォニックだと、内部的な音量の余裕(ヘッドルーム)との兼ね合いでジェントルにまとめあげなくては収拾がつかなくなるのでしょう(そのうえ、デジタル・エフェクトを積んでいる、というのも大きな要因ですね)。海外マニアたちの間では「『Moog One』は『Memorymoog』の再来、ではないね……」と評されているようですが(外見が似ていて、どちらもポリフォニック仕様なのでよく比べられる)、ブッ壊れ性能の天才肌系「Memorymoog」とはさまざまな部分でベクトルが異なる、セキュアーでサステイナブルで品行方正、現代ならではのアナログ・シンセサイザー、ということなんだろうな、と思います。

こうした感想から入ると、ひたすらネガティブな雰囲気になってしまうかもしれませんが、私が“「Mother-32」の48倍(オシレーター数での換算)の狂気”という、変な方向で期待値を上げてしまったことが原因であり、フラットに俯瞰して見るならば、圧倒的迫力と機能を備えた“100年に1台”級のモンスター・シンセサイザー、という事実が揺らぐことはございません。言うなれば、“牙を抜かれたトラ”ならぬ“家畜化に成功したドラゴン”なのです!

「Moog One」とは

この辺で一度、「Moog One」の仕様をおさらいしておきましょう。「Moog One」は、「IIIc」や「Minimoog」でお馴染みのMoogが放つ、究極のポリフォニック・アナログ・シンセサイザーです(8ボイス版モデルと16ボイス版モデルがラインナップされており、違いは最大同時発音数のみ)。3基のオシレーターで構成されるサウンドを、2基フィルター/4基のLFO/3基のエンベロープ・ジェネレーターで整えていく、「これぞ減算方式シンセサイザー!」な王道仕様には、もはやひれ伏すことしかできませぬ。

オシレーターの特徴

オシレーターは、三角波/ノコギリ波と矩形波を合成して作り込んでいくタイプ。器用ではありませんが、誰しもが恋い焦がれる伝統的で豊かなサウンドはほぼ網羅できるはずです。そして、何より目を引くのは、生成中の波形が表示される小窓かもしれませんね。「音を目で見るな!」とお怒りになる御仁も少なからずいらっしゃるでしょうが(ごもっともです)、本機はプログラマブルなアナログ・シンセであるがゆえに、ツマミの状態と実際のパラメータとの間に不一致が生じる場面が多々ありまして、音に影響がないツマミを一生懸命にイジっていた、という間抜けな事故([MIX]がどちらかの波形に振り切られていた場合など)を防いでくれる、ありがたい存在だと思います。

フィルターの特徴

フィルターは、伝説のラダー・フィルターとステート・バリアブル・フィルターを搭載。直列/並列のルーティング切り替えはもちろん、オシレーターごとに「どちらか/どちらも/バイパス」を自由に選択できるのが特徴です。Moogの代名詞にもなっているもっちりしたラダー・フィルターの極上サウンドをポリフォニックで浴びたときのインパクトは絶大で、簡単にスーッと昇天してしまうため注意が必要です。

さて、ここまでは“Moogらしさ”に浸れるトラディショナルな部分を中心にご紹介をしてきました。ここからは一転、“新たな伝統を創るための挑戦”が感じられる部分についてのご紹介をしてまいります。

Moogでしか成し得ない今っぽさ

現代シンセの最重要ポイントは、ズバリ“エフェクト”です。昨今の音楽制作界隈では、ソフトウェアを中心に、大量のエフェクトを内包し単体で音作りを完結させられるシンセサイザーが圧倒的主流となっています。ひと昔前のシンセサイザー内蔵エフェクトと言えば、何はなくとも音を出すことに全集中する必要があったことからDSPパワーの割り当てが少なく、すべからくオフられる(アウトボード側で改めて作り込み直される)運命をたどらざるを得ない、低クオリティかつオマケ的な扱いのものが大半だったのですが、必要以上の出費を抑えたいユーザーと、プリセット音色を少しでもド派手に演出したいメーカー側の思惑、そして、忘れちゃいけない“技術の進歩”がガッチリと噛み合った結果、“内蔵エフェクトの質と量は、シンセ自体の評価に直結する重要な要素である”という考え方が一気に常識化しました(ちなみに、コスト・パフォーマンスの悪い単一機能エフェクト=ストンプ・ボックスが近年稀に見る勢いでシンセ・ユーザーからもてはやされているのは、この動きの揺り戻し/カウンターと言えましょう)。

加えて、レジェンド復刻系のアナログ風ソフト・シンセまでもがその傾向に飲まれてしまっているもんだから、もう大変。見てくれは「Minimoog」だったとしても、コーラスにディレイにリバーブにアルペジエイターにと、コッテコテにサウンド・メイクされているのが“当然”ですからね。「ソフトウェアと違ってハードウェアのアナログ・シンセっつーのは、素朴な音しか出せないの。こういうのはアウトボード込みで追い込んでいくモンだから!」というお爺ちゃん的理屈は、もはやまったく通用しません。“でさえ”なんてフレーズはとても失礼なのですが、超ミニマルなアナログ・シンセであるIK Multimedia「UNO Synth」でさえ、ディレイを筆頭に数種類のエフェクトを搭載している時代なのです。

シンセ好きこそ知っておきたい「UNO Synth」「UNO Synth」というアナログ・シンセサイザーがあります。Webでも雑誌でも大々的にプロモーションをしていたので、シンセ好きならば...

「ソフトウェアと違ってハードウェアのアナログ・シンセっつーのは、素朴な音しか出せないの。こういうのはアウトボード込みで追い込んでいくモンだから!」というお爺ちゃん的理屈を堅持したのが、2020年復刻の「Prophet-5 Rev.4」なんですよね。

u-he「Repro」を愛していた人が、そのエミュレート元である「Prophet-5 Rev.4」を「さぞや良い音がするに違いない!」と購入したものの、素朴過ぎる音しか出なかったため、烈火の如くお怒りになられた、という真偽不明の与太話を聞いたことがあります……

新たなる、ソフト・シンセの夜明けぜよ! u-he「Repro」u-he、「良いよ、良いよ」とは聞き及んでいたのですが、Webサイトやブランド・ロゴのデザイン・センスにいまいち共感ができず(生意気言っ...

こうした時代背景に対し「Moog One」は、伝統の系譜(お爺ちゃん的理屈)とは異なる視点から真っ向勝負を挑みます。それが、内蔵されているデジタル・エフェクト群です。「なぁんだ、デジタルなの?」と思うなかれ。私たちの想像を軽く超えてくるのがMoog! エフェクト・リストには、入手困難となって久しい「moogerfooger」シリーズを彷彿させる文字列がズラリと並んでおり、これだけで売価の半値ほどをキャッシュバックしてもらった気分になれます(セコい)! 純アナログではこんなにたくさん積めませんから、思わず「デジタル技術よ、ありがとう!」と叫びたくなるハズ。

さらに、「moogerfooger」シリーズにとって唯一にして最大のミッシング・リンクである“リバーブ枠”を、アメリカの老舗ブランドEventideから借りてきて埋める、という徹底した姿勢にも品質へのコダワリを感じ取れるでしょう。

区別のつかないエフェクトを何百と積んだスペック本位なプロダクトが跳梁跋扈する世にありまして、格の違いを見せつけていただいた、そんな気分でございます。なお、各エフェクトの細かい設定値は、音色のプリセットとは別個に読込/保存できます。この辺にも現代的で素敵な仕様が採り入れられていて最&高なのです。

<エフェクト・リスト>

DELAY
STEREO DELAY
PING PONG
BBD DELAY
TAPE DELAY
ECHO
FLANGER
STEREO FLANGER
CHORUS
DUAL CHORUS
ENSEMBLE
STEREO CHORUS
6 STAGE PHASER
12 STAGE PHASER
TIME PHASER
BIT CRUSHER
RESONATOR
10 BAND VOCODER
16 BAND VOCODER

EVENTIDE ROOM
EVENTIDE HALL
EVENTIDE PLATE
EVENTIDE SHIMMER
EVENTIDE BLACKHOLE

えっ、「デジタルの音なんぞ、ワシャ好かん!」ですって!? お待ちくだされ、お爺ちゃんたちにだって優しいのがMoog! エフェクト・セクションをオフにするだけで、A/Dコンバーター~デジタル・エフェクト~D/Aコンバーターをバイパスした純アナログ信号を吐き出してくれるようになっています。Roland「JD-XA」にも“ANALOG DRY OUTPUT”と呼ばれる似たような機能がありましたが、とても粋なはからいですよね。

プロモーションされることのないチャーム・ポイント

これがホントのキーボード!?

「Moog One」は、ボイス・プリセットとエフェクト・プリセットの両方に名前を付けて保存することができますが、その文字入力を、なんと鍵盤で行ないます。アーケード・ゲームのネーム・エントリーを、ステアリング・ホイールや拳銃で行なった経験こそあれど、さすがに鍵盤は初体験!! しかも、超絶入力しづらいのです! こういったお茶目な部分も最&高なんですよねぇ。

あんまり面白がれない御仁は、どうぞ本体裏のUSBポートにキーボード(鍵盤楽器じゃない方)を接続してください。ちゃんと認識してくれるそうです(スゴい)。

黒鍵がサラサラ

Fatarの「TP/8S」という鍵盤を使っているそうなのですが、黒鍵がサラサラの梨地で半光沢になっています。今まで何十台とシンセに触れてきましたが、こんな黒鍵、はじめてお目にかかりました。ちょうど私が座っているHerman Miller「Eames Molded Plastic Dowel Base Side Chair」のシェル部分と似たような質感でたいへん美しく、無駄にロ長調で弾きたくなります。

曲を作りました


そんなこんなで、1曲こしらえてみました。デジタル・シンセが普及する前、アナログ・シンセの進化がひとつの完成形をみたころによく聴かれた、エレピを模した音色を参考にしています。「ビービー、ブーブー」という、“いかにも電気”な音からはじまったアナログ・シンセは、20年以上の歳月を経てやっと、コロコロしたエレピの音色を(それなりに)再現できるようになったわけですが、そんな歴史の重みと先人の労苦を感じつつ、丁寧にエディットいたしました。

果てしないロマンの旅へ

「Moog One」は、Moogの最重要プロジェクトとして、720人月以上を投入し開発されたそうです。Moogの人月単価がいかほどかは存じ上げませんが、ザックリ200万円だとするならば、15億円近くかけて製品化されたことになります。そう思うと、売価がお安く感じられませんか? ……感じられませんね、ハイ。

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