サンプリングVSモデリング論争は、唯物論と観念論との“終わりのない哲学論争”とも捉え直すことができる、現代音楽家の贅沢な悩みのタネのひとつでありましょう。そんな中でUVIは、確固たる意志を持って“サンプリング”を続けているメーカーです。
本記事では、そんなUVIの新しいプロダクト「Synth Anthology 3」の魅力に迫っていきたい、と思います。
「Synth Anthology 3」とは
「Synth Anthology 3」は、古今東西132機種ものハードウェア・シンセサイザーをマルチ・サンプリングして作られた、VST/Audio Units/AAX互換ソフト・シンセです(正確には、「UVI Workstation」/「Falcon」の専用インストゥルメント)。
実機を解析し、計算によってその挙動を再現しようと試みる“モデリング系の音源”ではなく、実機のサウンドそのものを録音して取り込んでしまう“サンプリング系の音源”です。
サンプリングVSモデリング論争については、上記の記事でいろいろと書き連ねましたが、中低域の“ブリブリ感”とでも申しましょうか、“音の活きの良さ”みたいなものは、まだほんの少しだけサンプリング系音源の方に分があるな、と感じています(「Synth Anthology 3」で言えば、Studio Electronics「Boomstar 5089」のプリセットがわかりやすい)。
55機種542波形が新規追加!
「Synth Anthology 3」を構成している6つの画面を、ザッと見ていきましょう。
サンプリング系の音源、つまりPCMシンセサイザーとしての建付けは、至ってスタンダード。となれば、そのクオリティは、サンプリングされた“ネタ”の出来が左右することになります。
「Synth Anthology 3」では「Synth Anthology 2」から、下記の55機種542波形が新規追加されました。2020年現在、すでに手に入れられない機種もたくさんありますが、仮にすべてを定価で購入するとすれば、輸送費なども含め3,000万円くらいは間違いなく必要になるでしょう。さらに、メンテナンス費用が毎年積み重なっていくことまで考慮すると、いくらシンセサイザーに対する深い愛があったとしても、ゾッと青ざめてしまうところです(ありがとう、UVI!)。
ARP : 2600
Behringer : DeepMind 12
Casio : HZ-600/VZ-1
Cavagnolo : Exagone
Clavia : NordLead 3
Crumar : Spirit
Davoli : Davolisint
Dotcom : Modular
EML Electro Comp : 101/SynKey/Synthi AKS
JEN : SX1000
KAWAI : Synthesizer-100F
KORG : 01R/W/800DV/M3/MS-50/Polysix/prologue/PS-3100/X3R
Moog : Moog Liberation/Moog One/Subsequent 37/Moog Modular 3P/Moog Sonic 6
Novation : Peak
Oberheim : Matrix-12/SEM
Powertran : Transcendent 2000
PPG : 1020/Modular
Roland : D-110/Fantom-G6/JD-990/JUPITER-6/SH-5/SYSTEM-100/
SYSTEM-700/
RSF : BlackBox/Modular
Sequential Circuits : Six-trak
Studiologic : Sledge
Teenage Engineering : OP-1/OP-Z/PO-14/PO-16
Vermona : Synthesizer
Waldorf : Pulse 2/Quantum/Wave
YAMAHA : SY-2/V50
YuSynth : Modular
追加された機種で私が気に入っているのは、ARP 2600/Synthesizer-100F/M3/MS-50/Peakあたりです。こころなしか「~2」までよりも高域の伸びが自然で(変わらず44.1kHzだそうですが)、併用されているであろうアウトボードのノリも良く、使いやすい音色が揃っていると感じました。
その一方で、レガート設定になっているにもかかわらず、2音目を弾く頃にはほとんど音が聴こえなくなってしまうプリセットが少なからず存在し、戸惑うことも……
気分はヘロドトス
「Synth Anthology 3」に取り込まれた「JD-990」や「NordLead 3」のプリセットの中には、「OB-8」に似せた音色があったりします。
実機のプリセットを手掛けた人は何をもって“Oberheimらしさ”を定義していたのか? もしかしたら、サンプリングした音色をさらにサンプリングしているのではないか?
ポロンポロンと試し弾きをしながらそんな思考を巡らせるたび、スレスレの切磋琢磨を続けてきたシンセ界の、マトリョーシカのように重層的な歴史を追体験しているようで、とてもワクワクしてしまうのでした!
意外な使い方…… なのか!?
ここまでさまざまな機種が揃っていると、プリセットを次から次へ順番に試していくだけでも楽しさが永遠に爆発し続けます。
無論、音楽を作るためのプロダクトではあるのですが、視点を変えて“今度買うシンセをどれにしようか決めるためのカタログ”にしてしまう、ってのもアリなのでは、と思えるほどなのですが…… さすがにそれはUVIに失礼過ぎますかねぇ……