情景や感情から音楽を彫り起こせるようになる以前は、パズルの如く数学的に作曲をしていたので、いつも「どこからともなく名曲のアイディアが降ってこないかなぁ」などと思っていたものでした(見えていなかっただけで、アイディアなんてそこら中にあったわけですね)。
そんな頃の自分にぜひ紹介してあげたいソフト・シンセ、「Quadra:Muted&Harmonics」のご紹介です。
「Quadra:Muted&Harmonics」とは
UVI「Quadra:Muted&Harmonics」は、4つの楽器と4つのアルペジエイターでモーション系のサウンドを作り出せる、VST/Audio Units/AAX互換のソフト・シンセです(正確には、「UVI Workstation」/「Falcon」の専用インストゥルメント)。
選べる楽器は、“Muted&Harmonics”というテーマでやんわり括られているものの、ギター/ピアノ/ヴァイオリン/ハープ/大正琴などアコースティックなものから、ド直球のシンセサイザー然としたものまで多種多彩! コードを押さえるだけで、良い雰囲気のベーシックができあがってしまう、なんとも恐ろしい&素晴らしいプロダクトなのであります。
これ、ズルくないですか
基本の使い方は、MIDIを走らせながら/鍵盤を弾きながら、4つの楽器のミックス・バランスを中央(ジェネラル・コントロール部)の[XYパッド]で調整するだけ。プリセットの段階で各楽器の最適なレイヤリング&ゾーニングが施されているので、ホントにそれだけで、ズルいくらい高い完成度のサウンドがモリモリ生成されます。
やっていることは、ワークステーション・シンセサイザーの“パフォーマンス音色”“コンビネーション音色”や、ポータブル・キーボードに内蔵されてる“自動伴奏”の延長線上にあると考えてよいと思うのですが、ここまで高品位で圧倒的ですと、もはや悪質です(もちろん、最上級の褒め言葉ですからね!!)。
ユークリッド・シーケンス!?
先にも述べたとおり、内部の処理自体は、「あ~、アレの機能ね」「うん、知ってる、知ってる」ということを丁寧に実直にやっているだけっちゃーだけなので、ほとんどの点についてとりわけ驚くことなどないのですが(念のため繰り返しておきます。“出てくる音”はスゴいですよ)、唯一、鋭利に尖りまくっていてブッ飛んだ機能があるので、ご紹介いたしましょう。
それは、[レイヤー・アルペジエーター・エディット]ページ内の左下に位置する[EUCLIDEAN EMPHASIS]です。この機能で用いられている“ユークリッド・シーケンス”とは、カナダのコンピュータ・サイエンティストである故Godfried Toussaint教授が編み出したリズムのアルゴリズムでして、たった2つのパラメータ(打数と全体長)で世界中の民族音楽のリズムを生成できる、という理論なのだそうです。
「Quadra:Muted&Harmonics」では、“2つのパラメータ”はそれぞれ[HITS]と[STEPS]という名前になっており、[STEPS]を決め打ちし[HITS]を変化させることでテンションをコントロールしたり、逆に、[HITS]を固定し[STEPS]を変化させることで自分の引き出しにないリズムを導き出したり、といったことが可能です。ただ、ユークリッド・シーケンスはあくまでリズムのアルゴリズムですので、単体で使っても、ルート音がいろいろなリズム・パターンで連打されるだけ。[EUCLIDEAN EMPHASIS]が本当に面白いのは、ユークリッド・シーケンスで生成されたリズムをメインのアルペジエイターに“絡ませる”ことができるところでしょう。その絡ませ具合の調節は、記号で示された[-□-]のパラメータ(サイド・チェイン)で行ないます。
「♪・♪・♪・♪・」と「・♪・♪・♪・♪」のような関係のリズムに対して故Godfried Toussaint教授は、同じリズムの“ネックレス”である(この喩え、巧い!)、と論文内で定義しておられますが、音楽的には異なるものだと解釈し、“シフト”という、その名のとおり音符を前後にズラすための第3のパラメータを付加できるユークリッド・シーケンサーも存在するようです。
“お仕事”に使えます
インスタントに劇伴っぽい音楽を作ったり、歌モノの隠し味に忍ばせて音数を稼いだり、パラメータをこねくり回して複雑なシーケンスを構築したり、と幅広い用途に活用できる「Quadra:Muted&Harmonics」。さまざまな音楽家にオススメできる有能なソフト・シンセですが、特に、イメージを音へ変換するスピード感が突出しているため、短納期で大量の楽曲を作らねばならない作家の方々にとっての必携ツールになりそうな予感がします。
私は、MIDIエクスポート機能を使って、[EUCLIDEAN EMPHASIS]から生まれる面白い効果を、ハードウェアのアナログ・シンセに適用してみたいな、と思っています!