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ムーブメントの狭間に咲いた徒花「JD-Xi」「JD-XA」

ものづくりで大切なのは情熱。でも、マス・プロダクツとなると、リリースの“タイミング”が売上を大きく左右するなんてことも珍しくありません。

「ズレた間のワルさも、それも君の“タイミング”」、そんな歌が昔ありました。今回は、そういったお話です。

2010年代のシンセ界

▲5つのツマミと1つのスイッチだけで、アナログ・シンセならではの音作りを楽しめるように工夫された、KORG「monotron」。鍵盤風の印刷がされたリボン・コントローラーを指でなでて演奏します。

バーチャル・アナログ・バブルが弾け、全メーカーが何を作ったら良いのか分らなくなってしまった2005~2010年の低迷/混乱期を経て、不安だらけのまま突入した2010年代。

先陣を切ったKORGが、「microKORG」や「ELECTRIBE」シリーズで培った“カワイイ顔して本格派”なブランド・イメージを0.1mmの隙きもなくプロダクトに直結させた、ガジェット系アナログ・シンセの銘器「monotron」をスマッシュ・ヒットさせると、救世主現る! とばかりに各社がそれに追従し、雨後の筍のごとくリアル・アナログ・シンセがリリースされることになりました(こうしたメイン・ストリームの裏でも、同じくリアル・アナログの、ユーロラック・モジュラー・シンセが流行りはじめていました。時はまさに、リアル・アナログ一直線だったのです)。

そんなメーカーの涙ぐましい努力を知ってか知らずか、2010年代も半ばになると、電子楽器のムーブメントは、“80年代デジタル・サウンド”へと大きく傾倒していきます。

その異変を察知したソフトウェア・シンセサイザー・メーカーは、いち早く舵を切り直し、“ワイヤー・フレームの地平線にドドメ色の夕日が沈むウェーブテーブル音源”を、世にバンバン送り込みました。

しかし、ハードウェア・シンセサイザー・メーカーは、そうはいきません。

ソフトウェア・シンセサイザーの身軽な開発と比べると、ハードウェア・シンセサイザーの開発は、企画/設計/調達/製造/営業/販売など、より多くの手間暇を要しますから、スタートからゴールまでのタイム・ラグは相当なものになります。

2015年頃はちょうど、ハードウェア・シンセサイザー・メーカーにとって、やっとリアル・アナログの扱いがこなれ、成熟した製品が出せるようになってきた“タイミング”だったのです。

そして、「JD-Xi」と「JD-XA」が産声をあげるのでした――

タイム・ラグが生んだ芸術

Roland「JD-Xi」「JD-XA」は、同社がひっさしぶり(約30年ぶり)に開発したリアル・アナログ・シンセサイザーに、「INTEGRA-7」あたりからの潮流である“とりあえず歴代(主に90年代)のPCM音源を全部乗っけとけ”というデカ盛り食堂的精神が加わった、音楽家のニーズそっちのけのブッ飛びクロスオーバー・シンセサイザーです。

いや、このご時世、ニーズなんざ無視しちゃっていいと思うんですよね。ドリルを買うのは、穴が欲しいんじゃなくて、バエる動画のため! っていう人だらけの世の中ですから。

だとしても、だとしてもですよ! 時代が“80年代デジタル・サウンド”を求めているところに、ド直球のアナログ・シンセと90年代デジタル・サウンドをクロスオーバーさせるなんて…… まるで、ストライクゾーンだけを丁寧にくり抜いたデカいボールを剛速球で投げつけるような、“タイム・ラグ(=ズレた間のワルさ)が生んだ芸術”が爆誕した瞬間でした。

バカにしてるでしょ、って? いえいえ。その証拠に私は「JD-Xi」を所有しているんです!

「JD-Xi」とは

ちっちゃいけれどお兄ちゃん、「JD-Xi」は、37ミニ鍵のクロスオーバー・シンセサイザーです。

アナログ・シンセ・パートが1つ、デジタル・シンセ・パートが2つ、ドラム・キット・パートが1つの、計4パート構成。それぞれの最大同時発音数は、1音/64音(2パート共有)/64音となっております。

デジタル・シンセには、“すっげぇ自然”という意味で名付けたつもりが“超常現象”という意味だった、ともっぱらのウワサでお馴染みの「SuperNATURALシンセ・エンジン」が採用されています。

以下は、私の感想です。

アナログ・シンセ・パートは、ごめんなさい、正直、可もなく不可もなし、という印象です。サブ・オシレーターがあるとはいえ、1オシレーターではどうしても出せる音の幅に限界を感じます。ただし、ポルタメントをかけると、急に“アナログらしさ”が全開になってグッと来るサウンドになります。ツマミでポルタメントにアクセスできない仕様(ボタン長押しによるショートカットはあるのですが……)なのが残念過ぎます。

デジタル・シンセ・パートは、こちらもごめんなさい、正直、すっげぇ!! とは思えません。同社の「MC-〇〇」系特有の「なんか大事な要素を端折ったでしょ? ね、ねっ!?」っていう感じの音です。しかし、小室哲哉さんが使い倒したことで有名な“「JD-800」のプリセット53番”こと「JD Piano」が収録されている点は見逃せません。これまでさまざまな「JD Piano」を聴いてきましたが、「JD-Xi」の「JD Piano」は、ベロシティが強めのときに限り、まぁまぁ実機に近いニュアンスが出せるので、ピンポイントで「JD Piano」の音を欲しい方には結構オススメです。

ディスるのはこれで最後です。搭載されているエフェクトの中で、とにかくリバーブが気持ち良くなさ過ぎて辛いです。もう少し現代的なサウンドだったらなぁ、と思います。

ここから褒めちぎります!!

ドラム・キット・パートの音がどれもカッコイイです! そして、鍵盤と連携する「TR-REC」が泣けるほど使いやすいです!!

▲「JD-Xi 取扱説明書」より引用。世の中にはいろいろな打ち込み方法がありますが、コンピュータ・ミュージック然としたリズムの打ち込みに関しては、この「TR-REC」が最強だと思います。

「JD-Xi」のドラム・キット・パートは、ごく一般的なPCM音源ですが、同社の「TR-909」「TR-808」「TR-707」「TR-626」「CR-78」がキッチリ網羅されているうえ、どの音も、単なるサンプリングとはちょっと違う、活きの良い音に仕立てられています。

その素敵な音たちでパターン・シーケンスを組むときに活躍するのが、「TR-REC」です。「TR-REC」機能自体は、従来の「TR-REC」以上でも以下でもないのですが、鍵盤と連携することで、シーケンスの全景が恐ろしいほど頭にスッキリ整理されて入ってきます(「TR-909」などの音色選択ボタンは、押しても対応する音が鳴りませんが、「JD-Xi」の鍵盤は、弾けば対応する音が鳴るからでしょうか。自分でも明確な理由は分かりませんが、とにかく使い勝手が良いです)。

「JD-Xi」を使えば、リズム・パターンが無限に湧き出てくることでしょう!

「JD-XA」とは

優秀な弟、「JD-XA」は、49鍵クロスオーバー・シンセサイザーです。

アナログ・シンセ・パートが4つ、デジタル・シンセ・パートが4つの、計8パート構成。それぞれの最大同時発音数は、4音(1パート1音ずつ)/64音(4パート共有)となっております。

アナログ・シンセ・パートは、堂々の2オシレーター。お兄ちゃんと似ているようで、実はぜんぜん違う作りになっているのですね。出せる音の幅も格段に拡がっています。また、[Poly Stack]というボタンを押せば、4つのパートを1つにまとめて、最大同時発音数4音のアナログ・シンセとして扱うこともできます。

デジタル・シンセ・パートには、「JD-Xi」同様、「SuperNATURALシンセ・エンジン」が採用されています。「JD-Xi」のウェーブフォーム(音の最小単位)が160種類しかなかったのに対し、「JD-XA」のウェーブフォームは450種類も用意されています。

“アナログとデジタルの融合”というポイントばかりが宣伝されているので、案外知られていませんが、内部8パート/外部8パート、計16パート対応のパターン・シーケンサーと、2系統のCV/GATE端子を搭載しているので、実は、パソコン・レスのマシン・ライブで“母艦”になれる、高いポテンシャルを有しています。

断じて徒花などではない!

最後に、「JD-Xi」と「JD-XA」が決して徒花などではなかった、という素敵なエピソードをご紹介して、この記事を終わりにしたいと思います。

「JD-Xi」と「JD-XA」の開発には、プロトタイプ段階から、当時定年間近だった「JUPITER-8」のエンジニアさんの貴重なアドバイスが多々活かされているそうです。ともすれば、そのエンジニアさんの定年退職とともに永遠に途絶えてしまうところだったアナログ・シンセサイザーのノウハウが、スレスレの“タイミング”で、「JD-Xi」「JD-XA」を通じてRoland社内にしっかり遺った、というわけです(詳しくは、イケベ楽器の特設サイト「~Analog-Digital Crossover Synthesizer~ Roland JD-XA開発の舞台裏に迫る!」をご覧ください)。

直近でこそ後継機種が出る気配はありませんが(でも、アナログ・オンリーの新製品、待ってます!)、未来にタスキをつないだという揺るぎない事実は、今後、何よりの財産となることでしょう。

そう、「JD-Xi」「JD-XA」は、最高の“タイミング”で作られた、最高のプロダクトなのであります!

私は、もうほとんどリズム・マシンだと思っています
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