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ルー・オッテンスさんと、Lo-Fi系エフェクターと

先日のルパート・ニーヴさんの訃報に続くように、ルー・オッテンスさんも亡くなられてしまいました。まさに“巨星墜つ”。大きな喪失感に苛まれております。トム・オーバーハイムおじいちゃんには長生きしていただきたいものです。

コンパクト・カセットの生みの親

2021年3月6日、コンパクト・カセットの生みの親、ルー・オッテンス(Lou Ottens)さんが94歳で亡くなられました。

アナログならではの優しい音質と絶妙な扱いの手間が面白がられ、ここ数年で急速に人気を再拡大しているコンパクト・カセットですが、その背後にはどのような物語があったのでしょうか。Lo-Fi系プラグインのご紹介とともに、ルー・オッテンスさんの半生を追ってみたいと思います。

以降掲載している視聴用サウンドのオリジナル版です(音源はFXpansion「BFD3」で、ピーター・アースキンさんの演奏データを用いています)。

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Philips入社!

ルー・オッテンスさんは、1926年6月21日、オランダのベリングウォルデで生まれます。戦時下にあった少年期に、ドイツのジャミングをかいくぐる“指向性アンテナ”を装備したラジオを制作するなど、早くから類まれなるエンジニア力を発揮していました。戦後は、オランダを代表する世界トップ・レベルの名門校“デルフト工科大学”に進学。機械工学を学び、卒業後の1952年、かの一流企業“Philips”に入社します。

当時の音楽メディア:レコード

1940年代、民生音楽メディアのスタンダードは、レコード(ヴァイナル)でした。レコードは、トーマス・エジソンによって1877年に実用化された“蝋管式蓄音機(フォノグラフ)”が進化したもので、円盤に刻まれた凹凸から針先に伝わる振動を電気信号化して増幅し、音を再生します。

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Waves「Abbey Road Vinyl」は、アヴィ・ロード・スタジオで使われているカッティング・マシン(ラッカーと呼ばれる原盤を作るための機械)が紡ぎ出すサウンドを再現できるプラグイン。

サウンドの印象は、少々ガチャついていて、正直あまり好みではありません(ハイハットやライド・シンバルの高域が跳ね返ってゴポゴポ言っているのは正常?)。初期状態から入力ゲインのみを調整しただけなので、もしかするとセッティング次第でいろいろ改善できるのかもしれませんが……

伝説のはじまり

入社から数年後、ベルギーのハッセルトに新設されたオーディオ機器を専門に扱う工場に異動となり、その工場の製品開発部門長に就任したルー・オッテンスさんは、1960年、ポータブル・テープ・レコーダー「EL 3585」を開発します。「EL 3585」は、両手のひらに乗るくらいの、当時としてはかなりコンパクト&画期的な製品で、飛ぶように売れましたが、オープン・リール方式を採用していたため、テープの装填に機械の知識や慣れが必要でした。

当時の音楽メディア:オープン・リール

細長い磁気テープに音を記録する、という技術は、戦中のドイツにおいて実用化され、その敗北がキッカケで世界中へ拡がりました。情報を高密度で記録できる磁気テープは、レコードよりもクリアな音質を実現するばかりでなく、長時間録音/切り貼り編集/マルチ・トラック録音をも可能にしたため、音楽業界に革命をもたらしました。しかしながら、テープを巻き取るリールは巨大で、記録面がむき出しになっているのが当たり前だったため(=オープン・リール)、その扱いには専門的なスキルが要求されました。一般家庭に汎く普及するには、まだまだ解決すべき課題が山積していたのです。

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Waves「J37 Tape」は、アヴィ・ロード・スタジオに常設されていた4トラック・テープ・レコーダー、Studer「J37」のサウンドを再現できるプラグインです。有り体に言えば、中期のThe Beatlesサウンドを記録した“あのレコーダー”そのものでございます。

後述の「Kramer Master Tape」よりも、ややザラついたワイルドなサウンドです。低音は良い感じに重心が下がり、ふくよかに感じられます。

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Waves「Kramer Master Tape」は、Ampex「350」「351」のサウンドを再現できるプラグインです。ジミ・ヘンドリックスやレッド・ツェッペリンを手掛けたプロデューサー/エンジニアのエディ・クレイマーさんが監修なさっており、マスター・バスに挿すだけで当時の息吹を蘇らせることができます。

全体的に音が丸みを帯びてまとまり、アナログらしさが滲み出ています。かといって、不必要に低域が膨らみ過ぎずスッキリしているのも特徴でしょう。加工しました感が薄く、使い勝手の良いプラグインです。

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Slate Digital「Virtual Tape Machines」は、Studer「A827」「A80」のサウンドを再現できるプラグインです。

低音のガッツと粘りが強烈なのに、高域の歪み感はごく自然で、“ノイズを完全に廃したアナログ”と言ってしまっても大げさではない、と思いました。ディベロッパーでは、全オーディオ・トラックに[2" 16TRACK](「A827」)を挿し、マスター・バスに[1/2" 2TRACK](「A80」)を挿す、という(豪勢な)使い方を推奨しています。

この瞬間、歴史は動いた!

「EL 3585」の次に開発着手した「EL3300」では、テープの装填問題を解決すべく、メディア自体の再設計にトライします。より簡便に装填できるよう磁気テープを露出させない機構とし、それでいてジャケットのポケットに収まるサイズ感を実現する――これらを並立させつつ、さらに、安価で妥当な音質の担保にも成功した新メディアこそが、“コンパクト・カセット”でした。世界中がジョン・F・ケネディのアメリカ合衆国大統領就任に沸いていた、1961年の出来事です。

当時の音楽メディア:コンパクト・カセット

ベルとエジソンがそうだったように、ライト兄弟と二宮忠八がそうだったように、似たような時期に似たような思いつきが世界のあちこちで同時多発する事象は、さほど珍しくありません(これを“シェルドレイクの仮説”“形態共鳴”と言うそうです)。コンパクト・カセットとて例外ではなく、同時期に“カートリッジ”“マガジン”などというネーミングで、外見や機構の酷似する競合製品が多数存在していたようです。しかし、Philipsが特許申請を取り止め“公開技術”としたことと、SONYが開発した「ウォークマン」の爆発的ヒットとが美しく連鎖し、コンパクト・カセットは圧倒的シェアを確立。累計販売数1,000億本を突破するに至りました。

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SONY「MU-D11」は、1982年に同社がはじめて開発した2トラック・コンパクト・カセット・レコーダーです(プラグインではなく、ハードウェアです)。あまり下調べなどせず衝動的に買ってしまったのですが、放熱用スリットを覗くと、内部は完全ディスクリートっぽい雰囲気だったので、何だか得した気分になったのでした(ディスクリートだから音が良い、とも限りませんが……)。

さてサウンドの方はと言うと、さすがにS/Nの悪さが目立ってしまっているものの、それ以外の質感は驚異的なほど克明に記録/再現できていて、今さらながらにコンパクト・カセットの素晴らしい音質に驚かされたのでした。一歩下がったような独特の立体感と、クロストークの影響によるまとまりの良さは、純アナログならではの美点だと思います。

伝説のつづき

ルー・オッテンスさんが本当にスゴいのは、ここからです!

1972年、オーディオ部門の役員に昇格して、真っ先に取り組みはじめたのが、レーザーを用いた音楽メディアのデジタル化。そうです、のちのコンパクト・ディスク(CD)です。最終的には、SONYが先行研究していたデジタル・オーディオとエラー訂正の技術を借りる必要が生じ、“共同開発”という形になったものの、その原型はまごうかたなく、ルー・オッテンスさんの情熱によってもたらされたのでした。

ルー・オッテンスさんが生み出したコンパクト・ディスクは、10年と経たずに、ルー・オッテンスさんが生み出したコンパクト・カセットに取って代わり、累計で2,000億枚も販売されたそうです。伝説をもって伝説を塗り替えた偉人中の偉人、ご冥福をお祈りします。

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