sound

UVIがサンプリングに執着する理由を考えてみた

先日、UVI「Vintage Vault」を購入しました。

世間では、「モデリング全盛時代に、UVIはいまだにサンプリングをやっている。これは、時代遅れだ!」という論調もあるようです。ではなぜ、UVIがそこまでサンプリングに執着するのか、自分なりにモヤモヤと考えてみました。

サンプリングVSモデリング論争の本質

シンセ界で絶えず巻き起こる、サンプリングVSモデリング論争。

その本質は、アンプ・シミュレーターでいうところの、インパルス・レスポンス(以下、IR)系かモデリング系かの論争と、ほとんど一緒であろうと私は感じています。ここでは、アンプ・シミュレーターの論争を整理することで、ちょっと変わった角度からサンプリングVSモデリング論争について考察してみようと思います。

さて早速ですが、現在、ハードウェアのアンプ・シミュレーターは、3つの機種(シリーズ)が主流となっています。

  • Kemper Profiling Amplifier「PROFILER」シリーズ
  • Line 6「Helix」シリーズ
  • Fractal Audio Systems「Axe-Fx」シリーズ

ちなみに、Positive Grid「BIAS AMP」やYAMAHA「THR」は「Helix」の仲間、Shenzhen Mooer Audio「GE」は「Axe-Fx」の仲間です。

念のため補足。「BIAS AMP」には、“Amp Match”というIR系の機能がありますが、メインの音作りを担っていないので、除外して考えています。そんな私は「BIAS HEAD PROCESSOR」ユーザーです!

「PROFILER」とは

「PROFILER」(社名の「Kemper(ケンパー)」と呼ばれがちですが、正式な製品名は「PROFILER」です)は、コンボリューション・リバーブと同じ要領で、畳み込み演算をするアンプ・シミュレーターです。メインの音作りをIRが担うので、IR系と呼ばれることがあります。

さらに脱線して、コンボリューション・リバーブ(畳み込み演算のリバーブ)について長々と書いてみます。

一般的なデジタル・リバーブは、入力された原音を時間差で反復させながら徐々に音量を下げていくことで、ホワ~ンとした“残響”を作り出します。いわば、めちゃくちゃキメの細かいディレイと同義です。

一方、畳み込み演算のリバーブは、入力された原音に対して、事前に抽出した音の時間的変化の特徴=IRを掛け合わせて残響を作り出します。一般的なデジタル・リバーブと違って、途中でだんだん低域が膨らんできたり、最後にちょっとだけ音量が大きくなってから消えていったりなど、複雑な残響=リアルな空間感を再現できるのが特徴です。

ついでに、IRの作り方とその応用について、もう少し突っ込んでみましょう。

すべての周波数を均等に含む、ほんの短い瞬間的な音を“インパルス”と呼びます。インパルスを洞窟の中で鳴らして、その響きをサンプリングすれば、洞窟の中で生じる、“周波数特性の変化”や“音量の変化”を“時間軸に沿って”、精密に抽出することができます。こうして抽出された、「TR-808」のハンド・クラップのような音が、音の時間的変化の特徴=IR(インパルス・レスポンス)です。

◆音の時間的変化の特徴=IRの例(広めの部屋のIR)

◆上記IRをギターの音に対して適用した例(ドライ→ウェット)

最近は、ノイズ対策のため、スウィープ信号(超低音から超高音までウィ~ンと無段階で上がっていく音)からIRを生成する、“逆畳み込み”が主流になっています。

音だと概念が掴みづらいのですが、色(光)に例えると、もう少しわかりやすいかもしれません。

真っ白な紙があるとして、それを、赤味を帯びた白熱電球がひとつだけ垂れ下がっている部屋で見たならば、赤色っぽく見えるはずです。また、その部屋の隅にある真っ青なタンスの近くで見たならば、紫色っぽい反射光が紙に映ることでしょう。これは、その部屋のその場所での「色温度」を表しています。

真っ白な紙を白熱電球から遠ざければ、その紙は全体的に暗くなります。逆に、紙を白熱電球に近づければ、全体的に明るくなります。これは、その部屋のその場所での「照度」を表しています。

色温度と照度は、部屋の場所々々で周りからの影響を受け、複雑に絡み合います。真っ白な紙を白熱電球から遠ざけていくとき、その紙は、単にだんだんと暗くなっていくだけではなく、周りの家具や壁や天井が反射する色(光)の影響により、微細な変化を繰り返すことでしょう。

もし仮に、その部屋のすべての位置の色温度と照度を測定することができれば、その部屋の写真にCG(コンピュータ・グラフィックス)のオブジェクトを合成する際、どんな場所に合成するにしても、かなり正しい色(光)を再現できます。

IR系エフェクターの、“抽出されたIR(音の時間的変化の特徴)を入力音に適用する”という処理は、これと似たような考え方なのです。

洞窟の入り口でインパルスを鳴らしてサンプリングすれば、洞窟の入り口で生じる“周波数特性の変化”や“音量の変化”を“時間軸に沿って”抽出した「洞窟の入り口のIR」が得られます。その「洞窟の入り口のIR」をギターの音に対して適用すれば、“洞窟の入り口で弾いたギターの音(残響含む)”をほぼ完全に再現することができる。洞窟の奥深くでインパルスを鳴らしてサンプリングすれば、洞窟の奥深くで生じる“周波数特性の変化”や“音量の変化”を“時間軸に沿って”抽出した「洞窟の奥深くのIR」が得られます。その「洞窟の奥深くのIR」をギターの音に対して適用すれば、“洞窟の奥深くで弾いたギターの音(残響含む)”をほぼ完全に再現することができる。

同様にして、「音響機器A」のインプットにインパルスを入力して、同じく「音響機器A」のアウトプットから出てくる音をサンプリングすれば、「音響機器A」を通すことによって生じる“周波数特性の変化”や“音量の変化”を“時間軸に沿って”抽出した「音響機器AのIR」が得られます。この「音響機器AのIR」をギターの音に対して適用すれば、“「音響機器A」を通して弾いたギターの音”をほぼ完全に再現することができます。

ムムム、ならば「音響機器A」を「アンプB」に置き換えれば……!? そうです、それが「PROFILER」(を含む、IR系アンプ・シミュレーター全般)の根本的な仕組みになります!

なお、「PROFILER」シリーズでは、歪みの抽出精度を高めるために最適化された3つのノイズ(≒インパルス)を使って、IRを得ます。

「PROFILER」は、こうしてIRを得ることを“プロファイリング”と呼び、得られたIRを“RIG”と呼びます。

では、IRさえ用意できれば、「PROFILER」(を含む、IR系アンプ・シミュレーター全般)は無敵なのでしょうか? いえいえ、そんなことはありません。IRを得た瞬間の状況だけしか完全再現できない、という決定的な弱点があるのです。

これはつまり、再現度の高い「アンプBのIR」を得たとしても、「ゲインをちょっと上げたいな……」「ミッドをちょっと下げようかな……」と「PROFILER」のツマミをひねったその瞬間から、もとの「アンプB」とは関係のない「PROFILER」独自のアルゴリズムで音色が変化してしまう、ということです。どうしても「ゲインをちょっと上げた状態のアンプB」を“厳密に”再現したいならば、もとの「アンプB」のゲイン・ツマミをひねって、再度、IRを得なくてはなりません。

このように、IRを抽出してしまったあとのパラメータ変更に弱いのは、IR系アンプ・シミュレーターに限らず、すべてのIR系エフェクターの宿命であります。

アンプの全ツマミをひとつずつMin~Maxまで一定速度で回すことで、追加のIRを得られれば、さらに再現度の高いIR系アンプ・シミュレーターが作れるかもしれません。

しかしそれでも、複数のツマミを同時に動かしたときの相互作用や、音を入力し続けたときの電圧変化までは再現できなさそうです……

「PROFILER」に、600Wのパワー・アンプを内蔵した最強版!

「Helix」とは

「Helix」は、モデリング系アンプ・シミュレーターです。

「Helix」(を含む、モデリング系アンプ・シミュレーター全般)は、「コンデンサー」や「トランジスタ」や「真空管」などといった、アンプを形成する数々の素子の電気的な挙動を数式化し、回路の中でそれらが電気信号(=入力音)にどういった変化を与えるのかを演算で求めることによって、アンプの音を再現します。

内部処理のすべてが数式によって導かれる「Helix」(を含む、モデリング系アンプ・シミュレーター全般)は、IR系アンプ・シミュレーターのように現実音のサンプリングを必要としません。その存在は、“めちゃくちゃ精巧なウソの塊”です(まぁ、現実音のサンプリングも、ある種のウソですが……)。もう少しだけマイルドな言い方に替えたとしても、“計算上はすべて同一なはずの偽物”といったところでしょうか。

そもそも、すべての素子が数式どおりに動作する、という大前提に基づいて設計されていることから、悪い意味で品行方正なサウンドになってしまい、「実際よりもクリア過ぎる」と言われたり、「本物にある揺らぎが感じられない」と言われたりなど、ファジーさ/曖昧さの欠如を指摘されることがよくあります。

最近では、経年劣化や揺らぎをシミュレートするモデリング系アンプ・シミュレーターも出てきましたが、それも結局、あらかじめプログラムされた“数式どおりの経年劣化”“数式どおりの揺らぎ”を付加しているに過ぎません。

もちろん、モデリングだからこそのメリットもありまして、すべての挙動が数式で成り立っているため、IR系アンプ・シミュレーターとは正反対に、パラメータの変更(によって生じる出音の変化)がとても自然でリアルなのです。

マルチ・エフェクターのように使える、便利なフロア・タイプ!

「Axe-Fx」とは

「Axe-Fx」は、アンプ部がモデリング系、キャビネット部がIR系になっているハイブリット構成のアンプ・シミュレーターです。

ここまでの話をご理解いただけていれば、「アンプ部は“パラメータ変更の自然さ”が重要だからモデリングなんでしょ! で、キャビネット部は(パラメータとか無いし)“再現度”が重要だからIRなんでしょ!」という風に、ピンとくるのではないでしょうか。

それにしても、考えうる最強の組み合わせを実現してしまった「Axe-Fx」(を含む、ハイブリット系アンプ・シミュレーター全般)は、軍艦で言うところの“戦艦+空母=航空戦艦”のような、ロマン機材ですよねぇ~。素晴らしい!

アンプとキャビネットだけではなく、エフェクターも山ほど搭載しています

機種の再現ではなく、個体の複製なのだ

▲「Vintage Vault」にバンドルされている「Emulation One」。1981年にリリースされたE-mu「Emulator」の音が入っています。

目一杯広げた風呂敷を畳みながら、リード文の「なぜ、UVIがそこまでサンプリングに執着するのか」に話を戻していきましょう。

IR系アンプ・シミュレーターは、一点集中で再現度の高い音が出せるけれども、パラメータ変更に弱く、そういった特徴は、サンプリング系シンセとよく似ています。

翻って、モデリング系アンプ・シミュレーターは、建付けこそウソの塊だけれども、パラメータ変更がとても自然で、そういった特徴は、モデリング系シンセとよく似ています。

▲「Vintage Vault」にバンドルされている「Mello」。そのサンプリングには、おそらく「Mellotron M400」が使われたものと思われます。このシンセを立ち上げると、つい『Strawberry Fields Forever』を弾いてしまうんですよね……
▲「Vintage Vault」にバンドルされている「WaveRunner Orange」。Waldorf「Microwave XT」の音が入っています。コレが欲しくて「Vintage Vault」を買ったと言っても過言ではない!

その辺を総合して考えると、UVIがサンプリングに執着している理由は、ポルタメントはインチキだし、パラメータ変更にも弱いかもしれないが、現実世界のどこかに存在しているという意味での“リアルな”シンセサイザーの息吹を音色に封じ込めているんだぜっ! ってことなんだと思います。顔の見えない“機種の再現”ではなく、替えのきかない“個体の複製”にフォーカスした製品づくりをしている、というイメージでしょうか。

ってなわけで、これからは「このシンセは、何百何千回ものレコーディングをこなしてきたんだろうな……」とか「このシンセは、窓の外のシャンゼリゼ通りを眺めながらサンプリングされたのかもしれないな……」なんて妄想をしながら、「Vintage Vault」を使おうと誓ったのでした。チャンチャン!

……最後に、疑問を抱いた方はいらっしゃいます? そう、“シンセ界の「Axe-Fx」ってあるの?”という疑問です。

▲ハイブリット構成のソフト・シンセ「Syntronik」。モデリングによって、Moog/Roland/Curtis Electromusic Specialties「CEM3320」/Oberheimの特徴的なフィルターの振る舞いを再現しており、「OberheimのオシレーターをMoogのフィルターに通す」とか「YAMAHAのオシレーターをRolandのフィルターに通す」といった、ハチャメチャな実験が可能になっています。

答えはYESで、IK Multimedia「Syntronik」がそれにあたります。サウンドの核になる部分=“オシレーター”を実機のサンプリングで、サウンドを加工する部分=“フィルター”以降の回路をモデリングで再現しています。確かに、サンプリングともモデリングともつかない、独特な出音が素敵でございます!

関連記事はこちら